2026/7/18

だからベンチャーキャピタルはやめられない

著者: 岩澤 脩

ベンチャーキャピタルの仕事は、投資より「伴走」に近い

ベンチャーキャピタルというと、「将来伸びそうな会社にお金を出して大きな利益を狙う人たち」というイメージで語られがちです。しかし本書を読むと、実態はそれだけではありません。資本を扱う厳しさと、起業家に長く伴走する泥くささの両方を持った仕事だということがよくわかります。

著者は現役のベンチャーキャピタリストで、自らファンドを立ち上げてきた人物です。だからこそ、制度の説明だけではなく、起業家との距離感、投資判断の緊張感、成長支援の葛藤まで立体的に伝わってきます。

ベンチャーキャピタルは何をしているのか

本書ではまず、ベンチャーキャピタルの基本から整理されます。VCとは、まだ上場していないスタートアップに資金を供給する投資会社のことです。銀行融資のように返済能力を前提とするのではなく、まだ不確実性の高い段階の企業にもリスクを取って投資します。その代わり、IPOやM&Aで大きなリターンを狙います。

VCが大きな金額を投資できるのは、LPSというファンドを組成し、金融機関や事業会社などの出資者から資金を集めているからです。運用者であるGPと、資金を出すLPの関係、管理報酬と成功報酬で成り立つ「2-20ルール」、GPコミットメントの考え方なども、本書ではわかりやすく説明されます。

このあたりは一見すると仕組みの説明に見えますが、実はVCという仕事の性格を理解するうえでかなり重要です。VC自身もまた、預かったお金を背負って意思決定している存在であり、単に自由に投資できるわけではありません。だからこそ、投資判断には厳密さが求められます。

投資家と起業家は上下関係ではない

本書で印象的なのは、「VCは起業家より強い立場にある」という見方を単純化しないところです。たしかにVCは資金を握っていますが、有望なスタートアップであれば複数のVCから声がかかり、その中から起業家が選ぶこともあります。つまり、投資家と起業家は互いに選び、選ばれる関係です。

しかも投資は一度きりの取引ではありません。出資後は何年にもわたって関係が続き、ときには厳しい意見をぶつけ合いながら、事業や組織の成長に向き合うことになります。著者がVCを「学校の先生に似ている」と表現するのも、この長期的な伴走があるからでしょう。

もちろん、きれいごとだけでは済みません。衝突もあれば、信頼関係が壊れることもある。本書はその緊張感を隠さずに書いているので、VCという仕事の人間臭さがよく伝わってきます。

投資判断の核心はデューデリジェンスにある

本書の読みどころの一つが、投資の意思決定プロセスです。VCにとって重要なのは、有望なスタートアップとできるだけ多く出会うことですが、それ以上に重要なのが、投資すべきかを見極めるデューデリジェンスです。

著者のVCでは、特に「市場の証明」「プロダクトの証明」「実行の証明」という3つの観点を重視しているといいます。要するに、その市場は本当に大きいのか、そのプロダクトは本当に必要とされるのか、そのチームは実行できるのか、ということです。

DDはリスク探しの作業に見えますが、本書では「未来の計画をつくること」が主目的だと説明されます。事業、財務、法務を精査しつつ、企業価値や成長可能性をどう見るかを考える。単なる減点方式ではなく、どんな未来が描けるかという加点の視点も必要になります。

市場の証明は「どれくらい取れるか」まで見ないと意味がない

市場の証明では、TAM、SAM、SOMというおなじみの概念が紹介されます。最大市場規模を示すTAM、提供可能な事業領域としてのSAM、実際に獲得可能な市場規模であるSOMです。

本書が強調するのは、最終的に重要なのはSOMだという点です。大きそうな市場に見えても、実際にどこまで売上を取りにいけるのかが見えなければ意味がありません。IPOを目指すなら、十分な規模感が必要になります。

ただし、数字だけを表面的に積み上げても精度は出ません。ユーザーの痛みをどこまで深く理解できているか、目の前の課題にどれだけ集中しているかが重要だという指摘は、スタートアップ論としても納得感があります。市場は机上で切り分けるだけでなく、現場の解像度から見えてくるものだからです。

良いプロダクトは「Nice to Have」では足りない

プロダクトの証明の章も実践的です。著者は、プロダクトが「Must Have」か「Nice to Have」かを見極めることの重要性を語ります。あったら便利なだけでは、ユーザーはお金を払い続けません。

Must Haveの兆候として挙げられるのは、ユーザーがその価値を熱量高く語ること、誰かに紹介したくてたまらない状態になっていること、そして継続的な生産性向上に寄与していることです。

ここで面白いのは、生産性向上を単なる時間短縮だけで見ていないことです。本書では、作業時間を減らすだけでは価格競争に巻き込まれやすく、ユニークなインサイト提供だけでも利用頻度が上がりにくいと指摘します。この両方がそろって初めて、強いプロダクトになるという見方はかなり現実的です。

VCの仕事は投資後に本番が来る

本書を読んで改めてわかるのは、VCの仕事は出資して終わりではなく、そこからが本番だということです。スタートアップが直面しやすい壁として、事業が立ち上がらない、組織が崩壊する、次の資金調達ができず資金繰りが詰まる、という3つが挙げられます。

特に組織崩壊は多くのスタートアップが通るハードシングスであり、その背景には社内コミュニケーションの機能不全があるといいます。VCは、経営会議への参加、起業家への個別支援、GTM戦略への助言、資金調達支援、IPO準備のサポートなど、成長ステージごとに役割を変えながら支えていきます。

一方で、著者は支援の理想形を「見守る支援」と表現します。厳しく指摘はするが、主役はあくまで起業家であり、VCが出しゃばりすぎてはいけない。社外の共同創業者のように思ってもらえる距離感が望ましいという考え方には、この仕事の難しさと美学が表れています。

まとめ

『だからベンチャーキャピタルはやめられない』は、VCを単なる金融プレイヤーとしてではなく、新しい産業を生み出す現場に張りつく伴走者として描いた本です。ファンドの仕組み、投資判断、市場分析、プロダクト評価、成長支援まで幅広く扱いながら、全体を通して起業家とVCの関係のリアルが伝わってきます。

スタートアップに関わる人はもちろん、資金調達や事業成長の裏側にある思考を知りたい人にも読み応えがあります。華やかなイメージだけでは見えてこない、資本と責任と長期伴走の現実を知るうえで、かなり良い入門書です。